気分が良い時用.lzh

綺麗事を書きます

コインランドリーの素晴らしさ

あまりにも自明なので今更あらためて言うまでも無いのだけれどコインランドリーめっちゃ便利。 (どうでもいいけどヤバイTシャツ屋さんにだいたいそんな感じの曲名あったよね。wifiめちゃ便利みたいなやつ。)

ともかくコインランドリーはめっちゃ便利だ。いやもちろん自宅にドラム式洗濯乾燥機があれば24h365dいつでも洗濯できるし なんなら乾燥だってできるというのはこれもまた自明なんだけど、以下4点の理由から購入に踏み切れないでいる。

  1. 家が狭く、必然的に脱衣所も狭いためドラム型洗濯機がおける気がしない。(細かく寸法を測ったわけではないが、会社の同期がドラム型洗濯機を購入したものの事前の採寸が甘く、結局自宅に搬入できず返送したという話を聞いているので、だったらうちも無理じゃないかなあと勝手に思っている。)
  2. イニシャルコストが高いし、なんならランニングコスト(電気代)だって高い。
  3. 構造上、数年に一度のオーバーホールが必須。(布のカスが排気部に溜まってしまうらしい)
  4. 平日の帰宅時間が遅く、夜に洗濯乾燥を行うと隣人から苦情が来るのではとビクビクしている。(なら休日まとめてやれという話だが、難儀なもので休日に家事のやる気が出るのも21時以降)

コインランドリーは上記デメリットをすべて解決している。 (営業時間についても他は知らんが近所のコインランドリーは23時までやっているので無問題。)

上記4点のなかでもコストの部分は試算が容易であるように思うので、簡単にやってみる。 まず近所のコインランドリーがだいたい50Lの洗濯乾燥で900円。俺は実測値で一週間に一度洗濯すれば服が足りなくなることはないので 年間48週 x 900円 = 43,200円としよう。

さて、通常ドラム型洗濯機がいくらするかというと、まずイニシャルコストからいうとこれが良さそう。104,005円也。

https://www.amazon.co.jp/dp/B074C9F689/ref=psdc_16299361_t1_B079PLFPFY

で、ランニングコストは以下URLによればドラム型一回50円程度。

https://enechange.jp/articles/washer_dryer

オーバーホール代は下記ブログによれば3年使用で22,500円。ざっくり1年あたりを計算して7,500円。

https://grapee.jp/291534/3

最初の1年は104,005 + 7,500 + 50 x 48 = 113,905円てとこか。

まあそりゃそうだけど何年使うかによりますね…損益分岐点はざっくり3年か。 てきとーにググったところドラム式洗濯乾燥機の耐用年数は7-10年らしいので、 よほどのことが無い限りコスト面ではコインランドリーが負けちゃいそう。

それでも設置場所と騒音の観点から俺はコインランドリーを使い続けるだろう。 負け惜しみを言うならコインランドリーはガス使ってるから仕上がりのフワッと感が違うんじゃないか。 あとドラム式は構造上排気部にホコリが溜まっていくので、都度メンテナンスをしない限り使えば使うほど乾燥性能は劣化していくはず。 そこをどう考えるかだなあ〜〜〜〜

クラウドとオンプレなら長期を考えればオンプレの方がコストメリットは出てくるとか、そんな感じのオチ。

王とサーカスを読みました

おねショタ!(鳴き声)

はともかくとして、とても良い小説だった。やっぱり米澤穂信はビターエンドの作品がよい。 さよなら妖精、折れた竜骨、犬はどこだ、夏季限定トロピカルパフェ事件、全部良い。

また、読者からしてみると犯人が2転3転して見える、犯人がぽっと出ではないミステリーはやっぱり良いね。 半年前に宮部みゆきの魔術はささやくを読んだんだけど、あれはあまりのぽっと出っぷりとトリックの荒唐無稽さに笑ってしまった。

あまりミステリーを読んでいて自分から考えて推理する方ではないので、最初は素直に銃を持っていたアメリカ人が犯人かと思ってた。 (一昔前にABC殺人事件を読んだときも、普通にイニシャルがABCの人が犯人だと思ってしまった。  あとから思えばあからさまなミスリードだとわかるようなネタにもほいほいひっかかってしまう。)

あと話の根底に「マスコミはあくまで情報を万人に伝えるのが使命であり、たとえ悲惨な情報だったとしても記者本人がそれに対し直接行動することはない」という第三者性に関する問いが流れ続けているのが良かった。(テレビの自然番組とか見ていて、死に行く動物を映して自然の厳しさを謳うのはいいけどそんなことより映しているお前がその動物を救えよ!って突っ込みたくなるようなヤツ) それが真犯人の動機にも密接に関わっていて、いやー上手な話だなあと思う。

どうでもいいけど最近やたらとカトマンズが舞台の創作を読む。(神々の山嶺とか) 大学時代に同じサークルの奴がエベレストに観光に行っていたけれど、彼もやっぱりカトマンズに滞在したのだろうかとふと思った。

ペンギンハイウェイの感想

この間の日曜日にペンギンハイウェイを見に行ったので感想を書きます。

おねショタ

はい。おねショタでしたね~~。良いおねショタでした。 個人的にはおねショタのカギを握るのはショタだと思っている(割と一般論に近いかもだけど)。というのも、「おね」の方はその年齢差からどうしても「教え導く役目」という教師的なロールを担わざるを得ず、結果としてキャラクターが類型化していくきらいがある。もちろんこの言説は今回ペンギンハイウェイにおけるお姉さんが没個性的なキャラクターであるかというとそうではなく、今作のお姉さんはお姉さんとしてのキャラクターがあり個性があった。しかしやはりある程度は先に生まれた分、その名の通り先生としてショタを教え導く立場を話全体で担わざるを得ないのは致し方なく、前述した類型化からは逃れられていない。 「そんなこと言ったらショタだって勝気か生意気か弱気なキャラで分類できるじゃねえか」と言われそうだが、まあそう言われればそうなんだけど、なんというか、こう、今回は違う気がしたんだよなあ…。そりゃアオヤマ君だって生意気ショタという言葉でくくれてしまうような気もするんだけど、やはりあの知的さが他の創作物のショタから一線を画しているような気がするんだよなあ…。このへん現状うまく言語化できない。書いてたら何か思いつくかもしれないので可能であれば後述したい。

アオヤマ君

自分ごとになるが、森見登美彦作品の長編はあらかた既に読んでいて、中でもこの「ペンギンハイウェイ」は2番目に好きな作品だ(どうでもいい話だが1番好きな作品は「太陽の塔」。あの冒頭の、サリンジャーのパロディから入る一連の文章を初めて読んだときは電車の中で笑いを抑えられなかった。ただ、あれは映像化してもあまり面白い作品にはならない気がしている。軽妙な地の文を楽しむ小説だからだ。でも四畳半神話体系は上手くアニメ化されていたし、なんとかなるものなのだろうか)。理由としてはアオヤマ君の存在に尽きる。あの知的さ!素晴らしい。勉強への取り組み方や実績に裏付けされた自身、そして自分のできることとできないこととを見分け適切に行動する能力(ニーバーの祈りスローターハウス5でも話に出てた)、いや~~めっちゃよい。意識が高いんだけれども、この意識の高さはまったく人を不快にさせない。むしろ見ているこっちの意識が高まった。この作品を俺が小学生高学年の時に見ていたら今頃は京大入ってチンパンジーの研究してたね。お姉さんとチェスしてるのもよい。というかチェスっていいね。小学生がチェス!めっちゃよい。やはり家庭なのだろうか。アオヤマ君のお父さんは医薬メーカー勤務らしく、アオヤマ君の研究者的マインドから見るにお父さんもおそらくそういった職に就いているのだろう。となればアッパーミドルの生活は約束されたようなものだ(と思うんだけどどうだろう。武田とかアステラスとかだったらそりゃアッパーミドルだろうけど、田辺三菱とかだったら研究職といえどそこまでもらえないのかな)。やはり親の年収と子の学歴には相関があると聞くし、知的さはそういったところから来ているのだろう。

着地点が見つからない

とアオヤマ君がいかに良いキャラかを書き始めるときりがないんだけど、結局言いたいことはこの話の魅力の9割はアオヤマ君にあり、もともとの彼の魅力をおねショタという構造が十全に引き出していると、そういったことが言いたかったのです。

木曽駒ケ岳の思い出

先週の土日に木曽駒ケ岳に行ってたことをふと思い出した。ということで感想でも書いてみようと思う。 (どうでもいいけど上の文章を書く上で2回もミスタイプしてしまった。キーボードの”U"がなかなか反応しないためだ。現世代のmacbook proのキーボードはホントクソ。proに薄さは求めてないから次世代ではキーボードを改善してくれ。そのへんのネットブックのほうがよっぽどマシだ。HHKBでも買おうかしら。)

ロープウェイは便利

木曽駒ケ岳には頂上途中の千畳敷カールと呼ばれる氷河地形まで登れるロープウェイがある。ほんと当たり前すぎるんだけどとても便利。乗ってるだけで1000m近く高度を稼げたような気がする。ロープウェイ内からの景色もキレイだし言うことない。ただ俺が乗ったときは同じロープウェイ内に高所恐怖症の人がいて何かと喚いていた。大変だった。高所恐怖症の人は乗るのをやめておいたほうがよいかもしれない。俺自身、山に登る事自体は視界がひらけるまであまり「高所」感を感じないと思っているが、ロープウェイについては相当高所感を覚えた。落ちないかどうか心配(杞憂)していたが、搭乗員がその高所恐怖症の方に向かって「50年以上本ロープウェイは可動していますが一度も落ちたことはありません。ご安心ください」といったことを声がけしていた。冷静に考えるとその発言は今日落ちるか否かについて何も担保していないが、その言葉を聞いて高所恐怖症マンは若干落ち着いたようだった。俺も以後は落ち着いてロープウェイに乗ることができた。

鎖場怖い

ロープウェイが千畳敷カールまで到着し、いくつか記念撮影を撮った後登山を開始した。多少急勾配さを感じたものの危なげなく中間地点である「乗越浄土」まで到着し、さてどこに行こうとなったとき同行者が宝剣岳に登ろうと言い出した。(もしかしたら当初から企画されていたのかもしれないが、俺はそのあたり本当に適当で人に言われるまま唯々諾々と付いていくだけなので、どんな場所なのかさっぱりわかっていなかった。)さて宝剣岳に向けて歩いていくと格段に岩場が増え、もうすぐゴール付近のなった場所でなぜかザックが複数個地面に置かれていた。訝しながら更に進むと理由がわかった。鎖場が連続している。だいたい足ひとつ〜ふたつ分くらいの道を、鎖を持ちながら斜面に沿う形で進んでいく。風が強い日だったので、デカイ荷物なんぞ背負っていた日には煽られて体が安定しないにも程があるだろう。そしてもし足を踏み外せば少なくとも怪我はするだろうし下手すりゃ死ぬだろう。根っからのビビリの俺は足をガクガクさせながら進んでいった。(そしてその牛歩っぷりは後続の同行者を辟易させた。)やっとの思いで到着し、全然知らん姉ちゃんと「もしここで動けなくなったらヘリを呼ぶことになるのかな〜」「ヘリ呼ぶと1分1万円くらいのコストがかかるみたいですよ。救助に1時間かかるのなら60万円の請求が来ますよ」などと他愛のない会話をした。同行者は更に高い岩の上にのり、写真など撮っていた。こいつには恐怖という感情が存在しないのだろうか。早く降りたいと言う俺の思いとは別に、同行者たちは登山に持ち込んだカメラのレンズを変えたり、写真を撮ったりしていた。よく登山にフルサイズの一眼レフを持ち込む気になるな、と思っていたが、後日同行者にもらった写真を見て、こりゃカメラ登って山登る会はあるわなあ、と納得した。 ともかくカメ子たちの作業が終わり、いざ帰ろうとなったときに立ちはだかったのは案の定鎖場だった。上りより下りの方がテクニカルなのではと常々感じている。その思いが実証される形となった。とはいえなんとか帰りについても鎖場を突破することができた。

天気が良い

あとは中岳、木曽駒ケ岳にそれぞれ登った。まあ山としては誰でも登れるフツーの山だが、何分天気が素晴らしく良く、何を映しても車のCMのような背景になった。

全体として

まあ全体的にとても楽しかった。普段さっぱり運動しないのでこれで1kgくらい痩せていたら嬉しい。

ゴミを出す暇がない

出張終わって自宅に戻り、土日過ごした後また大手町に戻る。自宅付近のゴミ出しルールでは火曜日が燃えるゴミの日になっているのでいつまで経っても燃えるゴミが出せない。 さきほど一週間ぶりに帰宅したところ、まず感じたのは部屋に漂う若干の腐臭だった。部屋にファブリーズを巻き散らかすことで若干の改善はみたものの、やはりファブリーズしないと腐臭がする部屋というのはいかがなものかと思うし、俺が不在のときは腐臭は湧き放題なので虫がウヨウヨ湧いてしまうのではと戦々恐々。大学時代は今に輪をかけてズボラだったのでベランダにゴミをずっと放置していたところ、いざ引っ越すときに地獄を見た。俺のベランダは謎の生命が足元を跋扈する異界と化していた。いろいろな生命体が蠢く様が見て取れ、ひとつのエコシステムが形成されているようだった。そんな状態をもう一度引き起こしたいとは思わないし、そういった意味だとやはり家にゴミを置いたまま放置するのが最善かもしれない。腐っても「部屋」なので外と違い侵入経路が限られているし、ベランダに放置するのと違い不動産の営業妨害にならない。取り急ぎゴミ袋を更にゴミ袋で囲い、匂いが外気に触れないようするしかない。

気休めレベルの施策だが、人生は気休めの連続だとも思う。

東京出張の雑感

最近出張で大手町付近にいるのだけれど、基本そのあたりはハイソな街でDBJの社員とかがおしゃれなバルでにこやかに会話などしているイメージなので、俺にとってはいるだけでプレッシャーを感じてしまう。結局自分の妄想でダメージを負っているだけなんだけど。俺はそういうのが多い。

ともかくそういった理由から足は神田の方角に向く。神田は気楽なチェーン店が多く、昨日は日高屋で、今日はテング酒場系列の立ち飲み屋で一人酒を飲んでいた。(どうでもよいけど、最近大衆居酒屋でよくジントニックにコショウが浮いている飲み物を見る。今日も飲んだ。初めて注文した店で「肉専用ジントニック」と銘打っていたので、肉系のつまみと一緒によく飲むんだけどとても美味い。家でも試しやすいし、ひと手間加えてる感もあってよい酒だと思う。北欧の流行らしいがやはり北の人は冬場家から出ずに暇なだけあって身近なモノでいろいろと試しているのだろうか。)

無駄話したせいで何を言おうとしていたか忘れてしまった。多分カラオケの話をしようとしていた気がする。

一人飲んだあとカラオケに行った。神田のカラオケ館だ。昔エポスカードを持っていた時は部屋料が30%オフになるのでよく行っていたが、手持ちのクレカ整理に際してエポスを処分していたので足が遠のいていた。 久々にいったカラ館はまあ普段通りだった。平日の夜23時に行ったので部屋と機種を選び放題だったのがよかった。とりあえず一曲目でバズマザーズを歌った。(2曲目だったかもしれない。)本当は7月に出た新譜を歌いたかったけど。マイナーバンドにそんなこと望めるはずもない。5年前からカラオケに入り続けているスキャンティスティーラーを歌った。俺がヘイヘイ歌っている間に、真向かいの部屋にカップルが入っていった。俺は気にもせずピロウズやゲスやandymoriを歌う。(無論気にはしている。) 10年前から音楽の趣味が止まっているような選曲だと我ながら思う。数曲歌った後、選曲機械がタッチパネルに次歌う曲のレコメンドを表示してくれるのだが、そこには30代オススメの曲と題されていた。30前後になるとやはり音楽の趣味は固定化されるのだろう。 次々と俺はカラオケマシンに曲を投入していく。神聖かまってちゃんサカナクションバンプなど。昔は一人カラオケでも3時間くらいはいられた気がするが、今はもう1時間でおなか一杯だ。しかもスロットルがかかるのが相当遅くなってきた気がする。カラオケ開始後30分は経たないと気分が乗ってこない。そういったところに肉体以上に気持ちの老化を感じる。まあいいや、そんな感じでした。眠くなったのでねる。

最近読んだ本(ハイペリオンの没落/アラビアの夜の種族)

最近文を書くにしても増田にばかり書いてた。気楽なので。 増田は匿名なだけあって筆者の知名度によらずバズるときはバズるのが面白い。 けどそんなことやってても永遠にアフィで食えるようにならないので個人ブログを更新します。

ハイペリオンの没落

ほどほどに面白いけど、前作「ハイペリオン」ほどの雑煮的面白さは無かった。 続きものだけど前作と全然話の作り方が違うから、比較するようなものでもないのかもしれない。 前作は大長編かと思いきや内実は短編集の集まり(伊坂幸太郎「チルドレン」「死神の精度」とかそんな感じか?それとも「はてしない物語」的な?違うかな)だったけど、今作は純粋な大長編。なのでどうにも話がダレているような気がした。あと物語のキーを担うキャラ”シュライク”のカリスマ性落ちすぎ。前作は単なる怪物を超えた不気味さがあったのに、今作じゃただのモンスターだ。次作「エンディミオン」を読もうかとも思ったけどハイペリオンの数百年後を描いた話のようだし、もう長編を読む体力がないので読まない。

アラビアの夜の種族

絶賛されている小説なのでもっと引き込まれるかと思ったが、そうでもなかった。2巻からの迷宮を舞台にしたハクスラゲーのような展開はなんなんだ?と思ったが筆者がウィザードリィ小説の大家と聞いて納得した。 大オチは作者によるメタ・メタ的あとがきになるんだろうけど、それもまあふーんと言ったところ。「風の歌を聴け」みたいに架空の作品をでっちあげたということらしい。(「風の歌を聴け」は架空の小説家だったかもしれない。) ただ、よくよく読んでみると、ラストの大オチに向けていろいろと伏線を張っているようなので、(主人公の一人の最後のセリフとか)もう一度読んでみると楽しめるかもしれない。

読書中

  • 楽園のカンヴァス
  • エスの生涯

楽園のカンヴァスは普段の俺なら絶対に購入しない作品だが、知人が貸してくれたし折角なので読んでいる。3分の1程度読んけれど、面白さが見えてこない。(それとも俺の感受性の問題か?) もう一つ、イエスの生涯のほうは、小説というよりは半分ノンフィクションだと思って読んでいる、けれどキリスト者ではない俺には理解は難しいかもしれない。